中国公演

中国公演 9月3日 山西省太原市 中国城(ディスコ)

 


山西省太原市
9月3日 太原市中国城-ディスコ
9月4日 TV収録(太原電視台)
9月5日 貨宇百貨店前
9月5日 銭秬歌劇院ナイトクラブ

北京市
9月6日 海淀居院劇場
9月7日 マキシム・ド・パリ
9月8日 長安街広場
9月9日 北京旅遊文化祭招待会

スナップショット

 


9月3日金曜日
中国城(ディスコ)


場所:太原市井州路39号
開演:第一部 20:30〜(約50分)
開演:第二部 22:30〜(約50分)
観客数:1,000人

 
到着は午後1時。
 入口の印象は日本の地方の三流映画館。館内に入り、薄暗いトンネルのようなところを抜ける間、不安でいっぱい。そこを抜けた館内は入口とは想像もできないほど広い空間で、天井も高く、樂に1000人は収容できるという大空間だった。

 
ちょっと古いがインテリアは悪くない。そんな安堵感もつかの間、デコボコのうえ、穴があいている舞台の床が目に入った。
 まず、舞台用のベニヤ板の手配から始った。板の手配に手間取り、マイクの調整に手間取りながら不満は残るが何とか開演に間にあわせた。
  入場観客数は、山西省の招待客の政府要人、マスコミ関係20数社と一般客をあわせて1、000人の大盛況で、この太原公演の責任者である山西国際文化交流中心の芸術部々長李微風氏も満足げだった。 いよいよ本番。 中国の観客は自分が少しでも面白くないと思うと途中でも帰ってしまうという。  かって、初めてイギリスの有名ロックバンドが北京公演したときには観客の殆どが帰ってしまい、残ったのは四分の一にも満たなかったという話も聞く。
 不安のなか第一部が終わり、15分の休憩。
・・・帰る客は殆どいない。 ・・・ともかく良かった!。

  観客の1/4は熱狂し、1/4の人はそこそこに感動しているようで,1/4の人はただ唖然としており、残りの1/4は感動しているのか白けているのか一見して判断できない表情をしていた。 「成功か」、「不成功か」という二つの判断基準だけでは計れない場内の雰囲気だった。 この経験こそがまさしく「先入観のない中国で公演をしてみたい」との思いの目的だったのではないかと思えてくる。 終演後、今は第一線を退いた政府の長老を数人紹介された。  その一人が私の手を熱く握りながら涙まじりに語ってくれた言葉が印象的だった。
「素晴らしい舞台だった。何よりも演じている人たちの一生懸命な姿が素晴らしい。この姿こそがいまの中国の若い人たちに必要なんだ。そして、日本の方々とまたこうして交流できることを心からがうれしく思います。」
※この模様は翌日のTVで報道された。


中国城入口

中国城夜景
舞台の準備 舞台全景
ガロティンを踊る古谷真理子
舞台全景
 
ソレアを踊るミチコ・メメ
観客の中に警備員も
二階席の観客
9/5の太原日報で報道されたアトランタ(阿涛浪塔)の記事
翌日のTVニュースで報道される
9/10の山西日報で報道された
アトランタ(阿涛浪塔)の記事

9/7の太原晩報で報道されたアトランタ (阿涛浪塔)の記事